記事作成日:2023/04/12

記事更新日:2024/03/12

へき地で働く医師のやりがいとは?専門医制度はへき地の活性化に繋がるのか

日本では厚生労働省が昭和31年度から11次に渡って『へき地保健 医療計画』を策定し、対策を講じてきましたが、総務省『令和2年度版 過疎対策の現況』では、過疎地域の福祉・医療格差は着実に整備が進む中でも依然として残っていることを指摘しています。

実際に無医地*1 は、 90%以上が過疎地域に存在しており、未だ半径4㎞の区域内に50人以上が居住している地区で容易に医療機関を利用することができない地区は全国に600箇所あるのが現状です。
このような状況下でへき地医療に従事されている医師の藍原先生にお話を伺いました。

*1 医療機関のない地域で、当該地区の中心的な場所を起点として、おおむね半径4㎞の区域内に50人以上が居住している地区であって、かつ容易に医療機関を利用することができない地区

 


【今回お話いただいたのは…】

総合内科専門医 藍原 和史 先生
  • 2011年 杏林大学医学部卒業。卒業後、群馬大学医学部附属病院へ入局。
  • 2020年 循環器内科専門医の資格取得。
  • 2022年 沖縄県立宮古病院で勤務開始。へき地医療に関する啓蒙活動を行う。
  • 2022年 総合内科専門医資格取得。

 

2024年度総合内科専門医試験対策

 

へき地で医師をやりたいと考えたきっかけ

―― まず最初に、へき地で医師をやりたいと思ったきっかけをお聞きしたいと思います。へき地医療を志すようになった経緯をお話しいただけますか?

研修医の頃から医師が不足している地域で働きたいと考えていました。そのため、興味があった診療科の中で、地元(群馬)で不足していた循環器内科に入局を決めました。
入局後は医局の教育体制にも恵まれ、循環器内科医の中でも心臓カテーテルのスペシャリストを目指してキャリアを進めていきました。しかし、群馬県で勤務していると、地域の病院では医局からの派遣が十分に行き届かず、医師不足が深刻になっている状況を肌で感じました。群馬県の比較的辺境地では、心臓カテーテルをできる病院が非常に少なく、長い搬送中に亡くなる患者さんを目の当たりにすることもありました。心臓カテーテルなどのできる病院は、必要以上に中央に集中しているためです。
そういった状況で、このまま中央にいてもいいのか?と疑問を持つようになり、へき地医療に貢献する道を模索するようになりました。

 

―― 群馬県で循環器内科のスペシャリストとして勤務している中で、辺境地の医師不足を感じたことがきっかけに繋がったのですね。では、へき地医療の勤務地として宮古島の病院を選んだ理由はどういったものだったのでしょうか。

自分の持っている技術の中で、最も社会に貢献できるところは、心臓カテーテル治療を中心とした循環器の救急医療と考えています。

最初は群馬県の地域医療に携わりたいと考えていたのですが、群馬県のへき地で循環器の急性期医療を行うということは、地域の患者さんの流れや医療従事者の働き方なども劇的に変化させることになります。30歳代半ばの医師一人に多くの人間が同調してくれるか、など多くの懸念点がありました。
また、それを行うのであれば持続可能にしなければ意味がないと考えています。ある先輩が地域の心臓カテーテルを一人で請け負い、365日休む間もなく働くうちに限界が訪れ、その先生が辞めた時点でカテ室自体が閉鎖になってしまったのを見聞きした経験があります。そのマインドは本当に尊敬していますが、自分はその経験から学ばなければいけません。
群馬県ではある程度高度な医療を提供したいという志の高い病院が中央に複数あります。それは決して悪いことではないですが、それぞれの病院である程度のスタッフ数が必要になりますし、これにより相対的に医師が不足しているという側面もあります(多くの県でそうかもしれません)。
地域医療を持続可能なものにするためには医局などの組織によるサポートが必須だと思いますが、上記のような状況ですので、継続的にサポートを得るのはなかなか難しい状況でした。

一方、離島では容易に搬送できないことから、急性期医療の絶対的な需要がありました。
ちょうど、宮古病院で20年間常勤を勤め上げられた先生が1年以内に退官され、その後任不在の状況が続いていたというタイミングも重なり、宮古島に赴くことが、現在の選択肢の中で自分が成しうる最大限の社会貢献と確信しました。

 

―― そのような考えのもと、実際に宮古島で医師の活動を始めてみて、心境ははいかがですか?

とても楽しんでいます。
10年目くらいまでは医師としてのゴールは漠然としていて、それよりも自分が一人前になることに必死でした。
個人的に35-50才は循環器内科医として、技術と体力のバランスを考えたときに、まさにピークだと考えているので、30代半ばでやりたいことを見つけて始めることができたことをとても嬉しく思っています。

 

実際に離島で医師をやってみて

―― 離島医療に携わるようになったきっかけや思いがわかりました。実際に離島での勤務を開始して、現在どのくらいたったのでしょうか。生活は大きく変わりましたか?

3ヶ月半です。生活面について変化はありますが、本州出身の先生も多く、地域に馴染めないなどといった問題は感じていません。同じ悩みを抱えている医師が多く、とても心強いです。


―― 生活面の変化は楽しまれているように感じました。ではお仕事の面はいかがでしょうか。都市部や中央の病院と比較して医師や看護師など、医療スタッフの体制はどのようになっていますか?

とにかくスタッフが少ない状況です。
急性期病院ですが、看護師は時間帯によっては1人で10人以上を見るほど少ない体制ですし、医師も重症含めかなりの人数を見ています。
都内の倍くらいの感覚です。5年目の先生が深夜の救急を一人で見ているケースも多々あります。もちろん、どんなに重症な患者さんもすべてこちらの病院に運ばれてきます。都市部ではなかなかない状況だと思います。

ただし、沖縄の医師はこうした環境でも若手のうちから対応できるよう教育を受けています。初期研修は厳しい病院で行い、スキルが高い状態で病院に配属になることが多いです。
専門性の高い分野では関東圏の先生の方が知識があると思いますが、へき地では現場での対応スキルが優先されているため、対応力が非常に高いと感じます。


―― 都市部とへき地では、医師に求められるスキルも変わってくるのですね。先生のスケジュールとしては、毎日忙しい状況なのでしょうか?

とても忙しいです。急性期病棟は満床で、外来も混んでいます。ただ、通常診療は、本島から派遣されてきた医師で忙しいながらも充足しています。

都市部との違いとしては、緊急症例が1番特徴的です。都市部では、連続して緊急の患者さんが来て、病院のキャパシティを超えた場合には、断るという選択肢があります。ほかの病院で空いていればそちらで治療を提供することが患者さんのためにもなるからです。
ただし、宮古島ではこの病院しかないので、治療を完結させる必要があります。ですから、同じ診療科の先生が診る患者さんが緊急で重なった時の忙しさは計り知れません。手術適応の患者など、一人で何人も見なければならなくなってしまいます。


―― 忙しさが伝わってきます。患者にはどのような方が多いのですか?

もちろん高齢者が多いのですが、子供も意外と多く、高齢化率は他県のへき地より低いです。印象としては子どもと高齢者が多いですね。
沖縄県は出生率が高いというデータもあり(2021年現在)*2、小児科、産婦人科の先生はいつも忙しそうです。

*2 厚生労働省:都道府県別にみた合計特殊出生率の年次推移


―― 設備などにも格差はありますか?離島での設備では対応できず、島外の大きな病院へ転院されるケースは多いのでしょうか。

ハード面は意外と充実していて、宮古島で完結できるようにある程度の設備は揃っています。
搬送する症例の多くは心臓血管外科です。心臓血管外科の領域の場合は自衛隊のヘリで搬送します(年間20-30件程度)。指導医は現場を離れられないので若い先生が同乗していくケースが多いですね。

 

へき地医療のやりがい

ーー へき地医療の現状が伝わってきました。かなり大変なお仕事だと思いますが、先生自身は、へき地医療に携わることのやりがいや魅力をどう感じていますか?

自身の頑張りが地域の患者さんの幸せに直結していると感じられることです。
都心では自分が勤務している施設の手術症例数が増えたということがモチベーションにはなるかもしれません。しかし、都心では一人の医師がいなくても誰かほかの医者が対応できたり、ほかの施設で治療を受けたりすることができるというのも事実だと感じます。私は病院にたどり着かずに亡くなってしまう方がいることを群馬で見てきました。ここでは、自分がいなければ助からなかったかもしれない、という患者さんを救うことができる喜びがあります。私にとってはそれが強いモチベーションになっています。

ただ、もし、へき地医療に辛い思いをして歯を食いしばって仕事をしているというイメージがあるならそれは違います。とても楽しく働いています。
院内のチームワークは良いですし、大病院のように院内政治で疲弊することもありません。
また、自分が不在になるときには、すぐに県内から医師が派遣されるシステムになっております。多くのへき地でこのような体制が取れれば理想的です。


―― 医師として、実際に都市部の医療とへき地医療で求められていることの違いは感じますか?

都市部では患者さんの見る目も厳しく、スペシャリストが求められると思います。他の医療スタッフの目も厳しく、エビデンスに基づき、誰に見られても文句のない医療が求められていると感じます。

一方、へき地では総合力が求められます。
例えば心臓カテーテルの患者さんに重度の糖尿病など合併症があった場合、へき地では自分が総合的に見なければなりません。一方、都心では専門の先生に紹介せずにうまくいかなかった場合には、クレームに繋がることもあるでしょう。

自分の専門ではない疾患を見るのは、医師の目線では頑張りが必要です。でも、今までやっていなかったことやできないことを経験していくことは、研修医のような新鮮さがあって楽しさを感じています。
また、へき地では患者さんとの関係も異なると思います。都市部では「専門家に診てほしい」と言われますが、へき地の人は「あなたに診てほしい」と言ってくれます。


―― 患者さんとの関わり方も、都心とへき地では異なるのですね。へき地では、住民との関係性はいかがですか。

患者さん同士の結びつきが強いと感じます。近所の人が患者さんの異変に気付いて通報するケースも多いです。
島に5万人しか人口がいないので、長期的に勤務されている先生のことは皆さんご存知です。
親戚やつながりが多く、みんな知り合いのような感じです。開業医の先生との結びつきは特に強く、直接電話で患者さんを紹介されたりしています。連携を取りやすく、情報共有ができるという面は強みだと感じます。

 

へき地医療支援機構などの医療機関との連携について

―― 患者さんや開業医との関係が密接なことが伝わってきました。開業医との連携と関連して、地域医療格差を減らすための国の支援、へき地医療支援機構との連携体制はスムーズであると感じますか?また、現在の体制は十分なのでしょうか。

沖縄県の離島は、ゆいまーるプロジェクトの管轄と沖縄県の病院事業局の管轄で区切られ、どちらかの支援体制が沖縄県のすべての離島を網羅しています。宮古島に関しては、県立病院のネットワークで支えられていますね。
私のいる沖縄県立宮古病院は思ったより設備は整っていますが、病床は足りていない印象で常に満床です。看護師不足は日々感じているため、もっとサポートがあればよいとは思います。


―― やはり、人手不足は常にあるのですね。厚生労働省の『へき地保健 医療計画』の成果として、地域の福祉・医療格差、無医地区が減少したデータ*3 がありますが現場の印象としてはいかがですか。

*3 厚生労働省 | 令和元年度無医地区等及び無歯科医地区等調査の結果

宮古島は県立のシステムに支えられているので、医療スタッフの数はあまり変わっていないと思います。県立のシステムで、スタッフは必ず派遣で離島をまわります。最低3年のサイクルで医療スタッフが回っている状態です。
国や県のシステムというよりは、オンライン診療、遠隔医療など医療システムの進歩があり、徐々に充実してきているのではないかと感じます。

 

新専門医制度の過疎地域医療への取り組みに感じること

―― 地域医療を支えるさまざまなシステムが機能しているということですね。新専門医制度における地域医療格差を減らす取り組みとして、シーリング制度があります。対策として有効だと思いますか?

宮古島で働いている分には、専門医を取る先生たちへのシーリングの影響を強く感じることはありません。プログラムに設定された研修病院によって専門医を取れるかどうかが決まるので、そこで選んでいると思っています。私自身は地域を意識的に選択しているという感覚はありませんでした。
シーリング制度に関しては、県単位のシーリング制度に問題を感じます。沖縄県に関しても群馬県と同様に県内の偏在が顕著です。沖縄県の領域に関しては、那覇を中心とした県の中央部では症例を取り合っているくらいに充実していると思います。

このように、県単位で増減をコントロールしても結局県の中央に集中してしまう現状があります。
県の中央部に集中しすぎてシーリングをかけられてしまい、逆にへき地への派遣が減らされてしまうという矛盾が生じている診療科もあるようです。県全体ではなく、県の中の偏在を見てもらわないと意味がないと感じます。
ただ、前述のように、県内で高度な医療を行いたい病院間での競争もある程度は必要だと思いますし、大都市圏→地方の中核都市(那覇や前橋)への医療人口の移動は必須なのかもしれません。


―― 都道府県別では分け方が大きすぎて、現場と制度のギャップがあるのですね。地域枠の働き方についてはどう思いますか?対策として有効でしょうか。

地域枠*4 は、医師が少ない診療科と都道府県に限られますが、こちらも都道府県単位の制度です。群馬県の地域枠は群馬県のどこかで働ければよく、医師密集地帯でも大丈夫です。ですから、群馬県の中での偏在を解決する手段にはなっていないと思います。地域枠がないと東京など首都圏に行ってしまうので、一定の効果はありますが、へき地医療の根本的な解決にはなっていないと思います。
沖縄県の場合は地域枠のカリキュラムが離島を含めて設定されている*5 ので、必然的に医師が減ることはありません。地域枠の制度が生かされ、必ず義務で離島に回ってきます。沖縄県の地域枠のあり方はある意味ではいいモデルケースといえるでしょう。

*4 地域医療の充実を目的として、医療系大学において、その地域の出身者やその地域で将来働くことを希望する学生に対して、優先的に入学機会を提供する枠組みのこと
*5 沖縄県 | 沖縄県地域枠キャリア形成プログラム

 

へき地における専門医の重要性とは

―― 専門医を取得するということは、へき地ではどのようなメリットがありますか?

へき地において、専門医は患者さん向けというよりは、医療スタッフ間で非常に重要と感じます。

若い医師が宮古島に来るということは、一番成長したいときに地域貢献のため、へき地に来ているということです。キャリアプランを遅らせないようにしてあげたいと感じています。例えば若くしてへき地に派遣されたとしても、そこに専門医指導医がいないと、専門医取得に必要な症例を集めることができず、へき地にいる間はタイムロスとなってしまいます。

しかし、専門医がいる病院は基幹施設となり、若手医師のキャリアを中断せずに済みます。反対に専門医がいないとへき地医療に来るメリットが少なくなってしまいます。そうするとへき地医療に人が集まらない、という悪循環が起こるのです。


ーー 専門医取得は医療スタッフ間でも大いに役に立つのですね。では最後の質問となりますが、専門医がいることでへき地が活性化していると感じますか?

私が赴任してから、琉球大学が若い先生のローテーションを増やしてくれました。専門症例に加えられるからだと思います。専門医の先生には必ず下に若い医師がつきます。若手医師がへき地にいる間もタイムロスになることなく、キャリアを積むことができていると思います。


ーー 藍原先生、ありがとうございました。

 

専門医資格取得をサポートするドクスタ

藍原先生にお話いただいたように、専門医資格は患者の安心感に繋がるだけではなく、医療スタッフ間でも重視されている資格です。
ドクターズ・スタディ(ドクスタ)では専門医資格の取得をサポートします。新専門医制度に対応した教材、講座で、普段は診療で忙しい医師でも効率的に専門医試験に備えることができます。
また、ドクスタのテキスト問題は各学会の最新情報や発行されている問題集、試験受験者への聞き取り調査による出題情報など、ありとあらゆるところから徹底的にリサーチを行っています。講義動画は、スマホ・PC・タブレットでいつでも受講することができるため、移動や診療のスキマ時間を上手に活用してください。

 

まとめ

「へき地医療に携わりたい」という思いから、宮古島で新たなキャリアをスタートさせた藍原和史先生にお話を伺いました。
へき地では医療スタッフが不足していることに加え、一人の医師が患者を総合的に診る必要があるため、戸惑うことがあります。しかし、地域住民との関わり合いや医療が必要とされている場所での活躍は、大きなやりがいを感じることができます。
また、専門医資格を取得すると、へき地医療への貢献度が高まります。地域の専門医教育に貢献し、へき地医療に良い循環を作ることができるのです。

へき地医療に関心のある方は挑戦してみてはいかがでしょうか。

 

2024年度総合内科専門医試験対策

 

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